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●  まるで愛のような ---  ●

何を食べたい? 
と聞かれて「うなぎが食べたいです!」と熱く主張すると、塚田さんは目を丸くした。

「鰻……ああ、いい店あるかな。ちょっと日本橋まで歩くけど、いい?」
「よろこんで!」
「それは居酒屋だろー」

あはは、と屈託なく塚田さんが笑う。
顔も体型もぽっちゃりしていて、丸いフレームの眼鏡をかけた、やわらかい雰囲気のひとだ。
相川さんは社内にも知り合いが多く、「仕事も遊びもバリバリやります」というような、いかにもな商社マンが多い中、私が一番好きなのは、この塚田さんだった。

ビルの立ち並ぶオフィス街を通り抜け、目当ての鰻屋に落ち着くと、塚田さんは、ふう、と息をついた。
「相川は、相変わらずみたいだねえ」
「ああ、ええと、昨日ちょっとトラブルがあって、急に予定が入ってしまったんです。すみません」
いまごろ弁護士事務所にいるはずの相川さんは、ただ単に約束を忘れていただけ、と思われる。
けれど、まさかそうも言えない。
「いいよ、気をつかわなくて。そういえばこの前もすっぽかされかけたよなあ」
「ああ、あの時」
相川さんがタイ料理を食べたいというので、塚田さんと二人で待っていたところ、店に夏生が入って来たのだ。まだ女子大生くらいの、可愛い女の子を連れて。
そういえば、半年ほど前に夏生に紹介されたことのある、ユキちゃんという彼女とは、いったいどうなったんだろう。
次に会ったら追求してやろうと思っていたのに、聞くのをすっかり忘れていた。
隆明さんのことばかり……違う、自分のことばかり、考えていて。

「相川がよく言ってるよ。辻さんが来てくれて、とっても助かってるって。若いのに、すごく冷静で落ち着いていて、プライベートは職場に絶対持ち込まないし、いつも安心して任せられるって」

辻さんというのは、私のことだ。

「そんなに頼もしくないですよ。相川さんたら、上手だなあ」
ここ数日の自分の状態は、端からはいつもどおりに見えているらしい。つい苦笑を浮かべると、塚田さんは真顔になった。
「いや、相川はあんまり他人を頼れない人間だから、任せられるなんて言うことは滅多にないんだよ。だから、あいつと仕事するのは大変だろうと思うけど、これからも相川を助けてやってください。なんて、言う立場じゃないか。はは」
急に我に返ったように焦って、塚田さんは赤くなった。

いいなあ、こういうの。
どうして相川さんは、この人を好きにならないんだろう。

「塚田さんて、いいですねえ」
しみじみ言ってしまうと、塚田さんは戸惑ったようだった。
「は? おれ? イイ人とは言われるけど……」
「女の人に?」
「そう。当たり。でも、それって全然ほめてないよなあ」
「私のは、ほめてます。全力で」
塚田さんはプッと吹き出した。
「ありがとう。でも残念ながら、おれは相川のタイプではまったくないんだよなあ、ホント。アイツの元旦那の話、聞いたことある?」
「いいえ、ほとんど。ヨットをやっていた人だったとしか……」
それを聞いたのさえ、実は今日のことだったり。
「そう。おれや相川と同期だったんだけど、これがカッコイイ男でねえ。モデルみたいに足が長くて、仕事が出来て、三ヶ国語が話せて、海が大好きで、ピアノまで弾けるような」
「……なんかカンジ悪いですねー、そこまで来ると」
太陽を背負った、白い歯がキラリと光るヨットマンが浮かんできて、思わずそう言ってしまった。
「と、思うだろ? それがまた、友達想いでさあ、すっごく良い奴なんだよ。もう妬みようもないね、あれは。相川ともすごくお似合いで、結婚してからもうまく行ってたみたいだった。ただ」
塚田さんは言葉を切って、少しだけ遠い目をした。
「奴の家は、代々が政治屋さんでさ。会社辞めて地元に帰って、家業ってわけじゃないけど、まあ家業みたいなもんで、選挙に出たりして議員さんにならないといけなかった。そこで仕事をやめたくない相川と、モメちゃったんだな。で、相川は仕事のほうを選んで、奴と別れた。だから、相手を嫌いになって終わったわけじゃあ、ないんだよ」
「ははあ……」
なるほど。そういうわけだったんだ。
そんな完全無欠な男前と、この塚田さんとでは、確かにかなりその……ちがうような。

「そういえば、辻さんこそ、この前会った彼とはどうしたの? あのあと何か言われなかった?」
「は? 彼?」
口から鰻が、こぼれ落ちた。
もしかして、それは夏生のことだろうか。
「あれは幼なじみというか……子供のころからの知り合いで、別になんとも。だいたい、彼女もいますから」
「そうなの? そういうカンジじゃなかったなあ。だっておれ、すっごい睨まれてたし。携帯がつながらないからって、辻さん、外に出て相川に電話してきたろ? あのとき彼が席まで来たんだよ」
「……夏生がですか?」


そんな話は、聞いてない。

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