PREV | NEXT | INDEX

Letters

16

「永、指定席はどこだ?」
「そこだ」
 永ちゃんが窓際の並んだ席を指す。俺は二人分の荷物を受け取って、座席の上の荷物入れに放り込んだ。
 どっかりとシートに腰を下ろす。
 窓からはホームの構造材越しに福岡の街並みが見える。着いたときには他の街とそれほど違わないように見えたのに、帰り際になると他のどことも違うように見えた。たぶん、少しだけでもこの街のことを知って、見知らぬ土地じゃなくなったからだろう。
「二泊三日だってのに、ずいぶんいたような気がするな」
「そうだな。あ、あの子らだ」
「ガキじゃあるまいし、新幹線がそんなに珍しいのかね」
 窓からホームを見ると、外には平日の真っ昼間だというのに女子高生のグループがいた。真奈とその友だち連中だ。来なくていいと言ったのに、わざわざホームの入場券まで買って見送りに来やがったのだ。よっぽどヒマなんだろう。
 この後、学校で何か用事があるらしくて全員が制服姿だった。ラウンドカラーのブラウスと細いリボン、紺のブレザーにチェックのスカート、紺のハイソックス。聞いた話じゃ福岡でもそれなりに歴史のある私立の女子高らしい。真奈がそんな学校の生徒だなんて、いまだに信じられない。
 俺の中では、あいつは敵を情容赦なく蹴り倒す暴力女でしかない。たった1日半しかいっしょにいなかった割にはずいぶんといろんな顔を見たような気がするが、脳裏に浮かぶのはまるでアクション映画のような鮮やかな立ち回りだ。
 いや、それは嘘だ。真っ先に思い浮かぶのはスラリと伸びる形のいい脚と、ヒラヒラ舞い上がるスカートから見えたパンツの色だ。
 スカートで蹴りを放つのはやめたほうがいいと忠告するかどうか、実は最後まで迷った。
 でも、そんなことを言えば蜂の巣をつついたような騒ぎになることが目に見えている。スケベ呼ばわりされた挙句に殴られるのなんかまっぴらゴメンだった。それにどうせ、とんでもなく恥ずかしい思いでもして懲りない限り、あの女が反省なんかするはずもない。
 俺たちが席についたのが見えたらしく、ホームの鉄柵越しに女たちが寄ってくる。声なんか聞こえるはずもないのに、何か懸命に話しかけてるようだ。
「聞こえねえっつーの」
 耳に手を当てるジェスチャーをしてみせても、話しやむ様子はない。まあ、いい。好きにさせておこう。
 発車を告げるアナウンスが流れた。
 ドアが閉まって列車がゆっくりと動き出す。手を振って見送ってくれる女たちの姿は、あっという間に後ろへと流れていった。
 俺はこめかみに指をあててゆっくりと押した。鈍い頭痛がそうやってる間だけ紛れる。
「まったく、どうして見送りくらいであんなに騒げるんだろうな。シンデレラ・エクスプレスにしては色気がなさすぎると思わないか?」
「まだ昼だからな。志村、おまえ、ひょっとして二日酔か?」
「永は?」
「二日酔だよ」
 永ちゃんはビニール袋からポカリのペットボトルを取り出した。何も買わずに新幹線に乗ろうとした俺たちに真奈が手渡してくれたものだ。
 俺も自分のボトルのキャップを捻った。中身を少し口に含んでゆっくり飲み下す。
「……楽しかったな」
 俺が言うと、外の景色に目をやっていた永ちゃんは小さくうなずいた。
「ああ、楽しかったな」

 
          *          *          *
 
 
秋月から福岡に戻ってきたのは午後5時を少し回ったくらいだった。
「今日は本当にありがとう」
 永ちゃんはホテルの車寄せでZを降りると、運転席の真奈のほうまで回ってそう言った。
「どういたしまして。ところで、今日のお礼なんやけど」
「……えっ?」
 何を言い出すんだ、こいつは。
「1日運転手とかしたっちゃけん、1つくらい、あたしのいうこと聞いてくれてもよかよね?」
「……ああ、そうだな。それくらいは――」
 永ちゃんも面食らっている。義理堅いこの男のことなので、何かお礼をするつもりだったのは間違いない。でも、まさか相手から言い出すとは思ってなかっただろう。
「で、お礼って何を?」
 恐る恐る、永ちゃんが切り出す。
「これからデートに決まっとうやろ」
「デート!?」
「そう。せっかく福岡に来たとに、昨日はあれから外には出とらんっちゃろ? そがんともったいなかやんね」
 真奈はニンマリと笑う。
「そりゃあ、そうだけどよ。おまえ、家に帰らなくていいのかよ?」
「ウチの祖母ちゃんやったら、昨日から祖父ちゃんと旅行に行っとって留守。それにさっきから、ずーっとメールが入りよるんよ。ほら、さっきの写真の子から」
 真奈は携帯の画面を俺に向けた。”From 由真”というメールがずらりと並んでいる。
「なんだって?」
「補習が終わったけん合流したいっちゃけどって。ホントは秋月にもいっしょに行きたがりよったけんね」
「そうなのか」
 俺は永ちゃんのほうを見た。永ちゃんは困った顔の見本のように眉根を寄せている。たぶん、俺も同じ顔をしてるに違いない。
「どうするよ、永?」
「どうするって――」
「ちょっとあんたたち、断わる権利とかあると思っとうと?」
 真奈が口を挟む。憤然としたような顔をしていても目が笑ってるし、口許も何となく笑いを堪えてるようだった。
 まったく、こいつには敵わない。
「行くか、永」
「……そうだな。それも悪くない」
 どれだけ誘われてもクラスの連中の集まりにすら顔を出したことのない永ちゃんがそんなことを言うなんて。
 俺は今日、何度驚いたか、そろそろ数え切れなくなっていた。

 
 真奈がZを返しに行くのでその場で一度解散して、後からキャナルシティというところで待ち合わせることになった。道が分からないというと、真奈は「地図くらい見きるやろうもん」と言い放って走り去った。
 二人でああでもない、こうでもないと言いながらたどり着いた待ち合わせの場所には、真奈以外に4人の女の子がいた。どうやら由真が話を流したらしくて、他の用事で集まる予定だった面々がどうせならとこっちに合流したらしかった。
「ハーレムみたいで良かろ?」
 恵というショートカットのちょっとツンと澄ました女が言った。俺は「別に」と答えた。そんなこと、思ってたって口に出せるもんか。
 近くのスタバでコーヒーを飲みながら自己紹介をすることになって、俺と永ちゃんは興味津々な視線に耐えながらとりあえず名前だけ名乗った。女たちもそれぞれに名乗った。中の一人は永ちゃんのお袋さんと同じ名前(字は違ったが)で、一人が祖母ちゃんと同じ名前(やっぱり字は違うが)だった。永ちゃんは盛大にむせた。
(ごめんね、騒がしかろ?)
 真奈はすまなそうな顔で言った。
 正直、少しうるさいなと思わなくもなかったが、同じ小うるさいのでも高校のクラスの女どもに比べればマシな気がした。言葉が違うので、それが違う印象を持たせているのかもしれなかった。
 メンバーの中の仕切り屋は一番背の低い童顔の慶子だった。俺にはまったくその趣味がないのでガキみたいだなとしか思えなかったが、秋葉原にでも行けばあっという間にアイドルになれるだろう。
 でも、一番のアイドル候補は由真に違いなかった。
 恥を忍んで認めるが、俺は完全に舞い上がってしまっていた。クソ親父には1年浪人して地元の大学に行くと言ってあるが、ただちに福岡にある今からでも滑り込めそうな大学の願書を取り寄せようかと思ったくらいだ。
 ただ、それもこの女の本性を見るまでの話だったが。

PREV | NEXT | INDEX

-Powered by HTML DWARF-