OVER番外編
天蓋の花 3
陽のあたる縁側がついた、古い木造住宅。
町外れの川沿いに建つ小さな家は、志村が見つけてくれたものだった。
「ばあちゃんちに似てるだろ」
と言って志村は笑ったが、いくら家が地元の名家であろうとも、高校生の志村本人に何かの裁量があるわけではない。家さがしに苦労している俺を見て、普段から折り合いの悪いはずの父親に、わざわざ頼み込んでくれたものに違いなかった。
不動産屋ははっきりとは言わなかったが、ほんの一ヶ月という変則的な契約も、破格に安い家賃も、すべて志村の家の計らいだったのだと思う。
「……眠い」
縁側でしばらく馬鹿みたいに太陽に焼かれていた俺は、うしろに倒れこんだ。
そこは和室となっていて、畳そのものは古いのだが、埃ひとつ落ちていない。
それもそのはずで、三日をかけて家中を磨いて、布団や家具を運び込んだばかりだった。
俺がいま間借りしている母親のマンションは、二人暮らしにも狭い部屋で、とても病人を迎え入れるような余裕はない。
だから失くしてしまった家のかわりに、どうしても帰る場所を用意したかった。
ただ、それが……ほんの少し、間に合わなかっただけのことだ。
「永ちゃん?」
目をあけると、志村が立っていた。
逆光でよく見えないが、このひょろりと細長いシルエットは間違えようがない。
「なに、顔を片っぽだけ焼く選手権か?」
「……するかよ」
阿呆な発言に、思わず吹き出して起き上がった。
知らないうちに眠りこんでいたらしく、さわってみると、確かに顔の右半分だけが熱くなっている。
おまけに閉じていたはずの目もチカチカして視力が戻らず、俺はだまって目をこすり続けた。
「お父さんは?」
「え? ああ、うちの親父?」
「うん、ここに泊めるんじゃないのか?」
目をあけると、不思議そうな表情の志村があたりを見回していた。
そうか、ここに泊めてやるという手もあったのか。
俺がそれを思いつかなかったのは、ボンヤリしていたせいではなく、たぶん心情的なものだろう。
「今日は駅前のホテルに泊まらせた。まあ、あとは自分でどうにかするだろ」
素っ気ない答えを、志村がどう思ったのかは分からない。
志村の父親とは一度すれ違ったことがあるだけだが、いかにも「日本の父親」然とした、腰のすわった感じの人物だった。
病院で会った俺の父親について、何も言わないでいてくれるのはありがたいが、ああいう父親に育てられたこの同級生に、うちのあの親父がどう見えるのかなどは聞いてみるまでもないような気がして、俺はなんとなく苦笑する。
「……ばあちゃん、ここに来られなくて残念だったな」
となりに腰をおろした志村が、庭先を見つめたまま、そう言った。
家の外までは手がまわらず、雑草が生い茂ったままの庭。
陽は傾きかけて、少しだけ出てきた風が、ぼうぼうの草むらをそよがせている。
そうだな、とは言えないまま、俺は風に吹かれていた。
たとえ連れて来ることができていたとしても、この場所をよろこんでくれたかどうかは分からない。
帰りたい場所は、本当の自分の家であったはずだ。
俺の勝手なわがままのせいで失くしてしまった、あの家だけだったはずだ。
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