OVER番外編

天蓋の花 2


「なに、二週間後って!」
つづく通夜と葬式は、おかしな事態が待っていた。

「なによそれ、このあっついのに、そんなに待ったら腐っちゃうでしょ! え? じゃ十日? 全然かわんないじゃない!」
母親が興奮ぎみの高い声で、電話に向かって怒鳴り続けている。

「寺が混んでて、空きがないらしいよ。まあ、お盆だからなあ、坊さんも忙しいんじゃないか?」

他人事のように父親は言い、俺もなんとなくそれを当たり前のように聞き流していたのだが。
よくよく考えてみたら、この男はまだ母親と離婚してもいないわけで、喪主をつとめるのは実の娘である母のほうにせよ、ぜんぜんまったく他人事ではないはずだった。

「空いてないって……どうなるんだろう」
「さあ、どっかそのへんの寺で仮の葬儀やって、また本葬やることになるんじゃないか?」

のほほんと父親が言い、上着から取り出した煙草をくわえる。
喫煙場所が無いと知ると、外へ行こうと言って俺を連れ出した。
と言っても、この牢獄のような大学付属病院には庭などという洒落たものは存在しないので、エントランスの周辺をあてもなくウロウロするだけの味気ない散歩だ。
それでもこのほうが気楽なのは、父親も俺と同じ心境らしい。
志村をいつまでも付き合わせるのも気がひけたので、とりあえず帰ってもらい――すると十数年ぶりに親子三人水入らずという、世にも気まずい状況が発生してしまったのだ。
通夜と葬儀を、この即席家族チームでやり通さなければならないのかと考えると、冗談抜きで、俺の目の前は暗くなった。

「二度の葬式か……」
憂鬱な思いで、俺は呟いた。
器具を外された祖母の遺体は、綺麗に拭かれ、今はもう別室へと移されて、葬儀屋が引き取りにくるのを待っている。
いずれにせよ、二週間後も十日後も、問題外だ。
外へ出ると、うるさいほどに蝉が懸命に鳴いている。暦の上では秋となっているはずだったが、気温は連日35度をかるく越えていた。
いくらドライアイスを遺体のまわりに詰め込んだとしても、これでは3日くらいが限界だろう。

二度の葬儀。
そんな面倒事を終えるまで、あの母親が我慢できるのものなのか?

「二回目はちょっとは省略できるだろ。身内だけでいいんだし、ま、そう心配するなよ」
安心させるように俺の肩をポンポン叩くのだが、この両親が心配のいらないような大人だったためしがないせいで、いつも俺が頭痛に苦しんでいるわけなのを、どう説明すればいいのだろう。
「で、それで悪いんだけどさ、葬式が終わるまで、安斎の家に泊めてもらえるか?」
「――あ」
すっかり言い忘れていたが、「安斎の家」つまり俺が世話になっていた祖母の家は、火事で焼失しているのだ。
「家は火事でなくなったんだよ」
俺の言葉に、父親はポカンと口を開けた。
「家は火事でなくなった? って言ったのか? いつ?」
「去年の秋くらい」
「去年の! 秋! なんでそのとき言わないんだよ!」
なんで言う必要があるんだよ、と返さなかったのは、母親相手につちかった忍耐力の賜物だった。
しかし最近になって思うのだが、俺がこうやって何でもかんでも言う前に諦めてしまうのは、かえって相手のためにならないことなのかもしれない。
「その……、あのころは俺も入院してたから、バタバタしてて……」
言訳がましくそう付け加えると、意外なところで父親が反応を見せた。
「おまえが入院? どうして?」
「虫垂炎、みたいなもんかな」
志村が聞いたら「どういう盲腸だよ!」と怒り出しそうな説明だ。
しかし関わりのない人間に話せる内容でもなく、話して聞かせる気力も今はない。


こうして噛みあわない状態のまま、なしくずしに祖母の葬儀という、親子初の共同作業へと突入していった。
この時の俺は、思ってもいなかったのだ。
このしょうもない肉親の間に、まだ隠された秘密があろうとは。

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