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同い年ってことは免許取りたてのはずだが、真奈は昨日の法律事務所の女よりもよほど達者な運転で車を走らせていた。
 ホテルを出て都市高速とかいうのに乗ったのが一時間くらい前だ。都市高速はそのまま九州自動車道に繋がっていて、九州自動車道は鳥栖ジャンクションで大分自動車道に繋がってる――らしい。さっき大きく左に曲がったやたら標識がでてるところがそのジャンクションだとしたら、この車は大分自動車道をミハエル・シューマッハーばりにぶっ飛ばしていることになる。
 それは別にどうだっていいが、カーナビの操作役を仰せつかった永ちゃんが助手席な関係で狭苦しい後部座席に押し込められて、俺はかなり退屈していた。
「そんでよ、いつになったら着くんだ。その朝倉とかいうとこ」
 運転席の横顔に向かって言う。
「もうすぐって。ほら、そろそろ甘木インターの出口が見えてくるけん」
「んなもん、後ろの席からじゃ見えねーよ」
 クーペの後部座席の小さな窓から見えるのは高速道路のグレーの防音壁か、反対側の中央分離帯の植え込みくらいのものだ。あとはリアハッチからの遠ざかる後ろの風景。
 ときどき<どこそこまであと何キロ>の緑の看板も見えることは見えるが、地名がサッパリ分からない俺には何の意味も持たない。前の座席の間から身を乗り出せば、せめて行く先の景色くらい楽しめるんだろうが、そんなガキみたいなことをこの女の前でやれるはずもなかった。
 真奈がホテルに乗り付けたのは、新車のようにピカピカの白いフェアレディZだった。
 軽自動車か、こいつのことだから中古のスポーツカーくらいだとたかをくくっていて、こんないい車に乗ってくるとは思ってなかった。地元の議員の息子で「良かったらお坊ちゃまに……」といろんな付け届けがくる俺でさえ、下の兄貴が納屋に置きっぱなしにしていた古いランドクルーザーだってのに。
 どうせぶつけるから新車はもったいないというのがクソ親父の言い分だ。テメエといっしょにするなと言ってやりたかったが、ランクルを納屋から出すときにさっそくバンパーをこすったので言わないでおくことにした。
「なあ、おまえって、ひょっとしてお嬢さまなの?」
 真奈はルームミラー越しに視線を寄越した。
「そがんことなかけど。これは知り合いからの借り物」
「それでCDがあんなのばっかりだったわけか」
 永ちゃんが言う。
 スピーカーからはどこかで聴いた洋楽が流れていた。
 真奈は車に俺たちを乗せるなり、ダッシュボードのCDの中から好きなのを選べと言った。
 この女にジャニーズはないと思っていたが、B’zとかラルク、それ以外の女子高生ウケしそうなCDも一枚もなかった。あるのは小難しいタイトルの洋楽ばっかりだ。
 せめてギターウルフがあればと思ったがそれもなくて、結局、永ちゃんが適当に選んだものになった。エリック何とかのアルバムだと言ってたが自信はない。だいたい、俺は歌ってる奴の名前とか曲名は覚えないほうだ。
「――なあ、タバコ吸っていいか?」
 俺が聞くと、真奈はこれみよがしに鼻を鳴らした。
「あんた、ホント堪え性なかねえ……。それ聞くと、福岡出てから何回目?」
「6回目」
 永ちゃんが口を挟む。
「志村、禁煙車なんだからいい加減に諦めろ。目的地に着いたら思う存分、機関車みたいに吹かせばいいだろ」
「永は喫煙者の気持ちが分かってねえよ。俺はいま吸いたいんだ」
「当たり前みたいに言うな。おまえ、未成年だろうが」
「うっ……」
 至極真っ当なところを指摘されてしまった。そりゃあ、そうなんだが。
「まあ、別に吸うたっちゃよかけどさ。知らんよ、吸うたんはアタシじゃなかって言うけんね」
「車貸してくれた奴、そんなにうるせえの?」
「博多署の刑事」
 ……なんですと?
「なんでおまえ、そんな奴から車なんか借りられるんだよ」
「ウチの父親の元同僚なんよ、そいつ」
「真奈ちゃんのお父さんって警察官なのか?」
 永ちゃんが聞いた。
「そっちも”元”が付くっちゃけどね。それはいいけど、どーする? そいつ、ホントにクソ真面目でさ。未成年の喫煙とかぜったい許さんって言いよったよ」
「……へいへい、我慢すりゃいいんだろ」
「そーゆーことったいね。人間、素直なんが一番よ」
 ミラー越しの真奈の目が勝ち誇ったように笑っている。咥えていたタバコをしぶしぶパッケージに戻した。
 ふん、おまえに言われたくねーよ。

 
 インターチェンジで高速道路を降りて、Zは甘木の街に入っていった。
「うっわ、真っ平ら」
 窓の外を眺めながら、俺は思わずつぶやいた。
 降りてすぐこそ郊外型の馬鹿でかいショッピング・センターがあったが、街の中に入っていけばいくほど、なんというか、スカスカな感じになる。走ってるのはそれなりの幹線道路のはずなのに、建物と建物の間からは当たり前のように田んぼとか畑が見えてるのだ。
 想像してたとおりというか、想像以上というか、見事なまでに平たい街並みだった。パッと見て一番背が高そうなのが小高い丘にある市役所っぽい建物で、次はパチンコ屋の立体駐車場だった。
「そりゃ、この辺って朝倉平野やもん。平たくてもおかしくなかよ」
 真奈は少し苦笑いしながら言った。
「そういうことを言ってるんじゃねえよ。高い建物がないって言ってんだ」
「まあ……確かにそうやけどね」
 俺だって、のどかな田舎道にまったく縁がないほど都会っ子ってわけでもない。それでも、どこまでもだだっ広いこの街ののどかさはちょっと予想外だった。
「で、まずはどこに行くんだよ、永」
「とりあえず、祖母さんの兄貴の骨が納めてある納骨堂だな。真奈ちゃん、秋月ってどの辺だか分かるかい?」
「秋月!?」
 真奈はおうむ返しに聞き返した。
「どうかしたのかい?」
「いや、まあ、あそこも朝倉市になるのは間違いなかけど……」
 高速道路をぶっ飛ばす車の中で真奈が言ってたが、この街が合併で<甘木市>から<朝倉市>に名前が変わるのはあと一週間後のことらしい。
 それはよそ者の俺たちにはどうでもいいんだが、問題はこういう時期には人が言う地名が具体的にどこを指してるのか混乱することだ。朝倉ってのも甘木の隣町ってだけじゃかく平野の名前でもあるし、そもそも、この甘木市ってのもこの辺りの中心なのに新しい市の名前に残らなかったりして、けっこうややこしいことになってるらしい。
 真奈が素っ頓狂な声をあげてるのも、行先を前の地名の”朝倉”だと思ってたのが違ったからのようだった。
「遠いのかよ、そこ」
「ここから山道を7、8キロ」
「……うええ、マジかよ。永、ちょっとタバコ吸ってきていい?」
「どこかで休憩しよう。真奈ちゃん、コンビニに寄ってくれるかな」
「りょーかい」
 真奈は最初に目についたコンビニの駐車場にZを滑り込ませた。
 永ちゃんが自宅とか親戚の家、それとこれから向かう先に電話を入れたりする間、俺と真奈は買い物を済ませた。
 やっぱりカゴは持ってやらなきゃいかんだろう――本心はめんどくさくて仕方ないが――と思っていたら、真奈はさっさとカゴを手にしていた。
「あんた、何がよかと?」
「何がって――おい、カゴ持ってやるから寄越せよ」
「別によかよ。アタシが持っとくけん、あんた、ジュースとかお菓子とか選ばんね」
 そう言いながら、真奈は自分のブラック・コーヒーをカゴに放り込んだ。女にしては珍しく甘いものが苦手だそうで、昨日のデザートも何も言わずに俺にくれた。
 俺がコーラのペットボトルとかスナック菓子を渡すと、真奈はそれをカゴに入れていった。永ちゃんが何を飲むかと聞かれたので何でも飲むと答えたら、新発売のお茶を選んでいた。
 昨日の居酒屋から何となく感じてた違和感の正体に気づいた。
「おまえって、わりと世話好きなほう?」
「アタシ? うーん、どうやろ。別に普通と思うけど。なんで?」
「いや、普通、こういうのって男が持つだろ。女だってそれが当たり前だって思ってるし」
「そうなん?」
 真奈は驚いたように目をパチパチさせる。
「ああ、でも、中学校のときの彼氏が言いよった。その人、転校生であっちこっち行っとったんやけど、九州の女の子はやたら甲斐甲斐しかって」
「だよな。昨日だって、何も言わずに永の分の料理とか取り分けてたし」
「別に普通のことっちゃけどね。九州男児ってホント何もせんとよ。だけん、女が何でんせんといけんし、それが当たり前になっとるわけたいね」
「尽くす女ってことか」
「そう言うとちょっと違うっちゃけどね。男がしっかりしとらん分、女がしっかりしとるんよ。ウチの父親も仕事はともかく、家じゃ何の役にも立たん人やったし」
「それで許されるのか。俺、九州の女の子と付き合いてえ」
「言うとくけど、こっちの子はみんな気性が激しかけんね。怒らせたら怖かよ?」
「それはおまえを見てりゃ分かるよ」
「……なんて?」
 しまった、と思ったときにはすでに遅しだった。真奈が放ったショートフックが俺の脇腹にめり込んだ。
「いってえッ」
「大げさな声出さんよ。ちゃんと寸止めしたろうが」
「バッカ言え、当たってるつーの。あー、いてえ。この暴力女!!」
「言うたろ、怒らせたら怖かって」
 真奈は澄ました顔で俺の顔の前に拳をかざした。まったく、女がすることじゃねえぞ。
 

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