「Change the world」

第十一章

 秋月城址とその周辺を散策して学校に戻ったのは、ちょうど四時限目が終わった頃だった。
 約束どおりに横河先生の案内で納骨堂に行くことになり、向坂は先生のムーヴに乗せてもらっていた。志村を助手席に乗せる気はあまりしなかったけど、空いてるのに人権侵害のプラス2に押し込むこともできない。タバコを吸っていいか、という本日七回目のお伺いは一睨みで却下した。いい加減に諦めろ。
「向坂くんって、お祖母ちゃんとなんかあったと?」
 前方を注視しながら訊いた。先生の運転があまりにもおっかなびっくりなので視線を切ることはできない。余所見をしたが最後、間違いなくオカマを掘る。
「なんかって?」
「うん、さっきの校長室での話やけどさ。自分のお祖母ちゃんのことなんに、なんか、よく知らん人のことみたいな言い方やったし。二、三年に一回くらいのペースで九州に旅行に行きよったんをまったく知らんかったってのも、考えたら変な話やん?」
「さあな、俺も詳しいことは知らねえし」
「そうなん?」
「ああ。あの家に出入りするようになったのは――中学んときだから、結構長い付き合いなんだけどな」
「お祖母ちゃん、学校の先生って言いよらしたね」
「俺たちが通ってる高校のな。つっても、入ったときにはもう定年で辞めてたけど。あの祖母ちゃんが現役だったら、俺は間違いなく英語赤点で落第だった」
「英語だけやなかろうもん」
「おまえに言われたくねえよ」
 いちいちムカつく男だけど、悲しいことに否定できない。
 ん、待てよ。何か変だな。
「ちょっと待って。なんであんた、向坂くんのお祖母ちゃんちに出入りしようと!?」
「なんか変か?」
「変やろ。向坂くんの家やったらともかく。――あ、二世帯同居やったらアリか」
 向坂の態度からアタシは何となく向坂と彼の祖母は別に暮らしていて、普段の交流もなかったのだと思い込んでいた。しかし、それなら尚のこと、向坂が祖母の九州行きを知らなかったというのは不自然に思えた。兄である衛氏と手紙のやり取りだって、祖母が目の前で書いていたことはなくても、家に届いた返信を目にしたことくらいあってもよさそうなものだ。
「二世帯じゃねえよ」
 志村が言った。
「どがん意味?」
「あの家に住んでたのは祖母ちゃんと永の二人だけ」
「その……ご両親は? 亡くなったとか?」
「いや。どっちも生きてるよ。お袋さんには会ったこともある」
 そう言って、志村は「……ああ、そういえば祖母ちゃんの病院で親父さんとも会ったっけ」と付け加えた。
「それとに、向坂くんはお祖母ちゃんのところに預けられとったわけ?」
「まーな、その……どっちもあんまりちゃんとしてないんだよな。親父さんのほうはよく知らねえけど、永が物心ついたときにはもう家にいなかったって言ってたし」
「お母さんは?」
「――詳しいことは知らねえ。ただ、祖母ちゃんとは仲が悪かったんだってさ」
 志村の口調にはそれ以上の何を知っているようなニュアンスがあった。しかし、言い難そうでもあった。アタシも無理には訊かなかった。
「とにかく、一家団欒って言葉と無縁なのは間違いねえな」
「なるほどね。ねえ、最初の話に戻るっちゃけど、向坂くんとお祖母ちゃんの関係が微妙なんは、それと何か関係あると?」
 志村は皮肉っぽい笑みを口許に浮かべた。
「どうなんだろうな。ただ、なんつーか、普通の祖母ちゃんと孫って感じじゃなかった。フツーは祖父さん祖母さんにとって、孫は目に入れても痛くないっていうだろ?」
「言うね。ホントに入れたら痛かと思うけど」
「そうだろうけどよ。ウチなんかまさにそうでさ。俺は三男なんでそうでもなかったけど、一番上の兄貴が生まれたときなんか凄かったらしいんだ。キンキラキンの節句の兜が今でも納屋にあるけど、これがまあ、悪趣味極まりないシロモノなんだわ」
「へえ……」
 言わんとすることは分かる。しかし、初孫だったアタシの雛人形もちょっと度を越した豪華さなので、志村の祖父母のことをとやかく言える立場にはない。
「それで?」
「いや、フツーって言ったって、その家によって違いはあると思うけどさ。永のところは異常っつーか、変わってるんだよな。初孫ってだけじゃなくて、たった一人の孫なんだぜ。永のお袋さんは一人娘だし、永には他に兄弟はいねえんだから。それなのにな――」
「お母さんと一緒で仲が悪かったと? 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、やないけどさ」
「いや……仲が悪いっていうのは正しくねえな。それだったらウチのほうがよっぽど酷えよ。なんつーか、他人以上で家族未満、みたいな感じ。家族っていうには距離があり過ぎるけど、だからって他人って呼ぶには、逆に遠慮とか気遣いみたいなもんがない。――ま、他人の俺が知らないだけかもしれないけど」
 それはどうだろうか。
 アタシは志村の普段の姿を知らないが、この性格だったらまるで家族の一員のような顔で――あるいはそれ以上の厚かましさで――他人の家に出入りしていそうだ。見た目よりはちゃんと他人の言動に目を配れるところもある。その志村が長年に渡って出入りしている家のたった二人の家族の姿を見誤るとは思えなかった。
 向坂の横顔にうっすらとしたヴェールのように重なる翳りの一端が見えたような気がした。

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